Memory of Your Voice Ⅺ

【第十二節 暴走Ⅱ】


「なに…なにこれ。」


家の傍まで走ってきた僕は、目の前に広がる光景をみて呆然としていた。
それは、家が脈を打って鼓動している様子だった。血管らしきものが見え、心臓のようにも思える。僕は押し付ける圧と熱風に耐えながら家の中に入った。

 

「これが...家なの?」

 

中のつくりは大きく変化している。まるで生きているかのように動いていた。
道の様になったところを歩いて移動する。
その奥はドーム状の場所になっていた。そしてそこには鼓動する肉塊と…

 

「エ、エフさん!」

 

エフさんが倒れていた。声をかけてもうつ伏せになったまま反応がない。服にはところどころに切り傷。大部分には大きな衝撃が加わった跡が付いていた。
僕は何とか家からエフさんを出だした。

 

「うぅ…ファ、ファイルか。」

 

掠れながら口を動かしたエフさんは何かを言って気を失った。
焦っていたせいで聞くことができなかった。僕はとりあえず安全なところにエフさんを運び、また家に向かう。

 

もう一度すごい苦痛に遭いながらも家の中に入った。家のつくりはさっきとは変わっており、だんだんと硬化していくのがわかる。
それに笑声がかすかに聞こえた。それはあの時の記憶と同じ声。

コンセント君たちが言っていた暴走。執行者であるアヤさんの笑い声。
覚悟をしなければならない。おそらく、多くの負の感情と痛みと苦痛。それらと戦わなくてはならないと感じた。
あの時はショックが大きかった。それは自分自身のことを理解し、感情をコントロールすることができていなかったから。
でも草原で戦った時に聞こえた声。信じていいかは知らないけど自分を知ることはできた。

僕は何かで出来た扉に手を付ける。生暖かくて大きく動いている。そっと扉を押して開けた。
中は前に見た景色だった。人型の黒い何かが釣るされ、正面にはあいつがいる。
大きな芋虫のような化け物。無数の顔が突起し無数の腕が触手のように蠢いている。

僕は一歩ずつ慎重に前へ進む。前には血のような物の川ができ、奥へは分断されている。でも僕は進み続けた。
足が重くなり、何かに触られる感触が足をかすめた。意識が遠のきそうな感覚の中、聞こえてくる笑い声の音を頼りになんとか意識を持ち続けている状態だった。大きな川は深くはないが広いため、精神がだんだんと浸食されてきている。

 

「早く…しないと…」

 

限界が近づく中、何とか川を渡り終え反対側の奥についた。
わたっている最中でもこの部屋は変化していたらしい。さっきとは違かった。

黒いなにかも川もない。ここは…

 

「最初の場所?」

 

そう。数週間前に落ちてきた最初の場所。暗く何もない空間に変わっていた。

そして頭に響くようなうめき声が僕に伝わった。重い足を引きずりながらひたすら進み続けた。

そして周りが何も見えなくなった時、声が聞こえた。

 

「ファ...ファイルク…ゥゥゥゥゥ」

 

「アヤさん!どこにいるんですか!」

 

返ってこない返事を聴こうとしていた。僕の記憶は…たまに聞こえるあの声をあの時はっきりと聴いた。それは偶然じゃなかった。自分の意志で聴いた。今度もきっと聴けるはず。

唸り声を頼りに歩く。途切れたら止まり聞こえたら歩く。頭が痛くなるような唸り声はだんだんと大きくなってくる。
そして、ゆっくりと明るくなってくる。そして数メートル先の景色が見え、人影を認識したとき…

一気にバッと明るくなり巨大な芋虫が出迎える。芋虫は真ん中を囲むようにU字に動きこちらを見つめる。
真ん中には上を見上げる人影。あの時の光景。

 

「フフフアハハハハハッァァァァァ」

 

もはやアヤさんとは思えない奇声を上げ僕の所へ歩いてくる。
僕は武器を取り出す。そして構えた。

 

「アヤさん!しっかりしてください!」

 

僕の声は届いていないようだった。まるで後ろの芋虫に操られるかのようにこちらへふらふらと歩いてくる。
やがて10メートルもない所で止まった。彼女へと赤い線のようなものが周囲から取り込まれていく。
それらは黒く染まりアヤさんを覆っていく。あっという間だった。仮面を付け、大きな剣を片手に持っている。
これが執行者なのだろう。アヤさんとは違う存在。暴走とやらを僕が止めなくてはならない。

僕は一歩踏み出した。そして…

 

キィィィィィンッ!

 

音のない空間に高音の振動が響き渡る。
物凄い力で振りかざされた大剣を鎌で受け止める。
いくら体が強化されたとはいえ、強すぎる力に体がつぶされそうになる。
何とか持ち手を変え、一旦遠ざかることができた。

大剣が刺さった地面はひび割れ、大きくへこんでいた。
執行者がこちらを見た時、今度は僕が鎌を振りかざした。

だが剣で圧倒され、はじかれる。
休む間もなく振りかざされる剣に、僕は防ぐことしかままならなかった。

 

「くうっ!アヤさん。目を覚ましてください!」

 

彼女は本気で僕を殺しに来ている。だが僕はためらっていた。思うように刃の先を向けることができなかった。
それは初夜のエフさんの傷を見てからだった。もしここで殺したら回復する人はいなくなる。
ならアヤさんは死んでしまう。そんな恐怖にためらっていた。

次々とくる剣に僕は消耗させられているだけだった。
(くそ...僕だって...)

何とか踏ん張り剣を受け流す。そして思いっきりの力で切り裂いた。
刃の先は仮面を砕き、柄は剣で止められていた。
その仮面の中には涙を流すアヤさんの顔があった。目が黒くなり涙が光に反射している。
それを見た瞬間僕は力が抜けた。そして鎌がはじかれ手元から離れた。
5,6メートル先に刺さった鎌はもうとることができない。執行者は剣を上げこちらを見た。

一滴の涙が光ったとき、剣はものすごい速さで地面に無様に突き刺さった。
そして執行者は左へ吹き飛ばされ壁へたたきつけられた。目の前には背の高い人。そうエフさんだった。

 

「ファイル。立てるか。すぐに鎌を取りに行け。それまでは俺が相手をする。」

 

エフさんの右手には大きな斧。しかしそれは柄のある武器ではなかった。同化している武器。見覚えがある武器だ。食事人と戦った時、彼らが使っていたものと酷似している。

 

「エフさん...その武器は...」

 

「俺は一度食事人に右手を食われた。そしてコンセントの力を借りて死んだ食事人の腕を移植した。ファイルのような武器とは違い、本の力を得ていない。だからほんの時間稼ぎにしかならない。」

 

手を借りて立ち上がる。そしてこの一言が僕を戦う気にさせた。

 

「あの虫を倒す。アヤはあいつの力に飲み込まれた状態なんだ。この世界の中核...あいつはすべての真実を持っている。
だからあいつを倒せば君の記憶も戻るはずなんだ。」

「でもアヤさんを先にどうにかしないと…」

 

エフさんは僕の顔に手を当てて言った。

 

「アヤと戦ったことがあるのは俺だけだ。そしてあの虫を倒す力があるのは君だけだ。君にすべてを賭ける。コンがもうすぐ来るはずだからそれまではアヤを。合流し次第虫を倒しに行って。」

最後に「君にすべてを任せる。希望だ。」と言い前を向く。
僕は拳を強く握った。そしてあいつが話しかけてくる。

『君の全てを引き出せるように手伝うよ。君は面白い。』

時々話しかけてきては消えていくあいつ。だがそれでも信じてみよう。

僕は走って鎌をとり、エフさんのそばによる。
執行者はこちらをじっと睨みつけている。
そして走ってきた。

 

これがフィナーレ。僕の力の全てを知るときだった。


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エフさんが先に執行者へ走り出す。そして僕も少しずつ走り出した。
ふわっと体が軽くなり同時に鎌も軽く感じる。だんだんと速度があがり、気づけばエフさんに追いついた。たぶんあいつのおかげだ。

執行者は大剣を二本に切り離し、両手でこちらを受け止める。
二人がかりでも怯まない彼女は、むしろどんどん力が大きくなり弾き返す。
向かったのはエフさんの方。傷が響いているのか立ち止まったエフさんに向かう。
その時遠くから声が聞こえた。

 

「エフーーー!」

 

コンさんだった。彼女が投げた黄金の槍は執行者の腕を貫いた。
そして僕の足元にもう一つ、白銀の槍を投げた。

 

「ファイル。それ使えるか。あの虫の核に突き刺せ!場所は鼻の上だ。アヤさんは私たちでやるから。」

 

「は、はい!わかりました!」

 

僕は槍を地面から抜き悍ましい巨大な虫へ向かう。この槍がなんなのかは知らないが、わかることが一つ。

 

「コンセント君なんだ。」

 

槍にはプラグのマークと洋服に書いてあった水晶玉が刻まれていた。走る僕に執行者はそれを妨害しようとこちらに体を向ける。
しかしそれをコンさんが止める。

 

「お前の相手は私だ!アヤさん!」

 

蟲の近くまでよると、地面から何かが出てきた。

 

「食事人...」

 

白い糸でつながれ動いている化け物。虫が口から上に吐き出し続ける糸はそれらを操るためだった。
僕は鎌を構え、槍を腰にかける。そして虫を守る食事人に駆け出した。

あの草原の時のように僕は鎌を操り、化け物を切り裂いていく。
息が上がってもひたすら前に進み続け、来たやつを刈り取っていく。
虫を見上げさっき言われた核を見る。そこからは赤い糸が紡ぎ出されていた。

あいつが話しかけてきた。この武器の最大の力。僕は言われた通りに鎌をまるで刀を抜くかのように構える。
そして僕の周りに繰り出した。音の波が切られ途絶える感覚。草が刈られるかのように沈む食事人。
しかし食事人の体には傷がついていなかった。

 

『精神に干渉して精神を切る。それがオレなんだ。便利だろう。』

 

少し笑いがこみ上げてきた。

 

「そりゃあ便利だね。」

 

僕は鎌を左手で持ち腰の槍を右手で持つ。
すると声が聞こえた。

 

(ファイル。僕、任せて。刺されば、僕がなんとかする。)

 

コンセント君の声だった。僕は虫へ全力で走り出し、全力で飛んだ。借りた力は僕の体を軽々と持ち上げ、大きな虫と同じくらいの高さまで飛ぶ。そして左手の鎌を表面に突き刺した。

そしてまた飛んだ。今度は顔にめがけて。そして右手の槍を核に刺した。
しばらく突き刺したままの状態で世界が停止した。

実際には違う。でもそう感じた。淀んだ空気はだんだんと薄くなり暖かい光が差し込み始める。
そして核はひび割れ破裂した。大量の血と魂が僕の体を包む。

意識が遠のく。魂にほぼ直接干渉され、自我が保てなくなる。
借りた力の分、力は衰弱し、なすすべもなかった。

 

「飲み込まれる…」

 

頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。この図書館の記憶がだんだんとかき消されていく。だんだんとみんなの声の記憶がなくなっていく。そして別の声が侵食する。
だめなんだ。そう思った時、一つの声が聞こえた。

『大丈夫だよ。悠李は強い子だよ。』
『自分を信じてみろ。悠李は俺の子だからな。』

 

ゆ.悠李...ゆうり...どこかで聞いたその名前。なぜか染み入り落ち着く名前。そうだ。これは僕の名前。
父さん母さん。ここにいたんだね。

 

「死ねないよ僕は。」

 

何とか自我を保ち、渦の中から抜け出そうともがく。
何処からか抜けれないか。そう思った時。

ファイルくん。ありがとう。
アヤさんの声が聞こえた。そして一つの手が伸びてくる。
優しい手だった。僕はそのてをつかもうと動いた、そして


つかんだ。その瞬間渦の中から抜け出し、コンセント君たちが魂を焼きはらった。

 

「ごめんねファイル君。辛い思いをさせちゃって。」

 

泣きながら僕を抱く彼女の顔は、ところどころに執行者の跡があり、頭に生えた角はボロボロだが形を残していた。

 

「大丈夫です。僕は僕を克服できたので。それに生きているじゃないですか。」

 

自然と出た言葉に赤面した。でも少し誇らしいかな。


無くなった魂たちは破片となって一つの紙になった。
そのなかにきっと両親がいる。

コンさんとエフさんがこちらに来る。そして僕はエフさんに言った。

 

「エフさん。記憶が戻りました。僕がここに来た理由。
多分それは…」

 

「多分それは僕の両親が突然いなくなった理由を探すためです。そして思い出した僕の本当の名前。僕の名前は悠李。内田悠李です。さっき両親の声を聴きました。」

 

エフさんは少し笑ってよかったなと言ってくれた。
そして大きな振動が起こる。大きな空間はだんだんと家に戻っていく。
ねじれて縮んで伸びて。そうして空間はもとの家に戻っていった。

全員が揃い安心した。いつもの温かい空間が周りを包んだ。
みんなが席に着きそしてアヤさんが傷ついた体を治癒してくれた。

アヤさんから治癒されているときの感覚は不思議なもので、やわらかいものに包まれているかのようで傷が再生する感覚もない。魔法というのか本当にすごいと思う。

 

夕方になり、夕食の準備ができみんながもう一度そろった時、僕は改めてみんなに説明をした。

 

「改めてちゃんと説明します。僕の名前は内田悠李です。そしてここに来た目的は、両親がいなくなった理由を探すためです。」

 

「じゃあこれからはファイル改め悠李と呼ぶとしようか。あらためてよろしく悠李。」

 

エフさんと握手をした。あの手は優しかった。しかし油断をしてはいられない状況であると伝えられた。

 

「安心したいのは山々なんだけど、記憶を取り戻したと同時に例外から外されることになる。取り戻したときから大体3日間。この間にご両親の本を見つけないといけないな。」

 

「できることなら私たちも協力するから、がんばって見つけましょうね。」

 

3日間で見つけれるのか考える。コンセント君に聞いた話だと、大体の位置はわかるらしい。それならすぐに見つけられそうかな。
最後のひと踏ん張り。ここでがんばらないと。


その日の夜、僕は両親のことを思いだしていた。優しい母と元気のいい父。突然いなくなったあの日に感じた感情。
もうすぐでやっと会うことができる。僕は覚悟を決め寝ることにした。

 

mb