Memory of Your Voice Ⅹ
【第十一節:暴走】
眼が醒めると僕はいつもの寝室ではないところで寝ていた。まだ家のすべてを見て回ったわけではないが、こんな部屋があるなんて、と初めて知った気がする。
いつも寝ている部屋とは違いたくさんの光たちが入ってきていた。
特に何か置いているわけではないが明らかにフライ君の部屋とは間反対であった。
ふとベットと隣り合わせに設置された窓から外を眺めた。そこからは湖が一面に広がり、奥には大きな木がある。恐らくあの木は前にコン姉さんが言っていた。初めてこの世界に来た時に目覚めた木なのだろう。
「あ…そうだ。」
急に記憶がよみがえる。この部屋にいる理由。なぜここに僕がいるのか。
「あの時…」
考えるだけで吐きそうになる。僕はアヤさんの秘密を知ってしまった。
あの日から3日は過ぎている。僕はショックで記憶が曖昧になっている。
一度アヤさんから手紙が来たことがあったが未だに読めずにいる。
最近ではフライ君が来てくれるくらいであるが部屋にはいれていない。
「喉が渇いたな。」
ずっと水を飲んでいないせいで喉はからからだった。
ベットから起き上がりドアに向かおうとすると、
急に目の前が暗くなった。そして元に戻る。
「立ち眩みか…くそっ」
よろめきながらも扉の前につき扉を開けた。
みんなにはどんな顔で会ってどうやって話せばいいかまったくわからない。アヤさんは何か言うのだろうか。
「ったく起きんのおせーぞファイル。」
そこにはコン姐さんがいた。久しぶりの声に僕は安心するが急で息が詰まった。
「お久しぶりです。最近はすみません。」
コン姐さんは少し安心したようで表情を緩めた。
「そんな他人行儀だったか?もっと緩く話そうぜ。エフは今接待に行ってて、アヤはいるけど本をまとめてるから。フライに至ってはどっか行ってるからな、少し体動かしに行くぞ。飯食って顔洗ったら空き地きな、そこで待ってるよ」
そういうと彼女は振り返り階段を降りた。
僕もつられて階段を降りると、草のささやき声が家の中まで聞こえてくるくらいの静かさだった。
洗面所に行くと、泥だらけのフライ君が顔を洗っていた。フライ君は二度見した後目をこすりもう一度見た後に、「顔色悪!」そう言った。
「よかった~お前が部屋に籠ってるとき、アヤさんすげ~顔してたんだぞ!なんかやったのかよ?まぁいいけど。」
あのことは恐らくフライ君は知らないのだろう。一応言わない約束をエフさんとしているので言わない。それに言いたくもない。思い出したくも…
「その泥どうしたの?」
唯一出てきた内容がこれだった。少年の着ている真っ白な服は何をしたのか、
泥でけがれている。それに周りには純粋で明白な煙が漂っている。
「ん?ちょっとした挑戦をしてるんだ。昨日読んだ本にあった、トウキってやつ作ってるんだ。」
陶器なら知っている。鮮明ではないが、作ったことがある。土を形とって、乾燥させて焼くものだ。
少し気になり覗いてみると、それは、陶器とは言うより……
なんとも言葉にできない。彼なりの芸術センスがあるようで、邪魔になりそうだったので、僕はおぼつかない足取りでリビングに向かった。
近付くにつれ、心臓の鼓動が大きくなっていく。呼吸も少しずつ早くなり、やっとの思いでリビングにつく。そこには、待っていたかのようにアヤさんが座っている。
テーブルにカップを置き、眼鏡を取った。そして褪せた笑顔を見せる。
僕は一礼した後向かいの席に座った。しばらくの沈黙。
彼女も何か考えている様子であった。
「あのね、エフさんに聞いたんだけど、辛い思いさせちゃったみたい。
隠してもしょうがないもんね。一応他のみんなは知ってるから。」
僕は何も言えずにただ話を聞いている。
薄々気づいていたが、右端でフライ君とコンさんが見ている。
「私はこの図書館で生まれて、ある役割を受けたの。多分エフさんから聞いてると思うんだけど、ここに来た人は一定の時間が過ぎたら死んでしまう。その執行を私がやっているの。これはあなたの世界で言う食物連鎖。決して止められずそして止めてはいけないもの。だからしょうがないの。」
僕もこの世界に来て、まだ何もわからない。仕組みもなにもかも。
「でも、まだ力が使いこなせていなくて。たまにあの時みたいになってしまうの。負の感情があふれてしまう。」
僕はただ頷くことしかできなかった。受け入れることが今の僕の仕事だから。
「辛い思いをさせてしまってごめんなさい。」
「ごめんなさい。心配をおかけしてしまって。」
数分の沈黙が続いていた時、口にできたのはこれだけ。
少し外へ行ってきます。と伝え僕は階段の上に隠れている二人を見ずに玄関に向かい外に出た。
冷たい風が何もない顔をつついてくる。息苦しく冷たい空気は、余計僕の心を抉る。
僕は何をやっているのだろう。ただ、この世界の理を一つ知っただけではないか。
なのにどうして、こんな気持ちになるのだろう。ゆれる草木は僕にさを横目に歩いていると、気づいたら夜になろうとしている。
地面から食事人の腕が出かかってきていた。でも、僕は帰らなかった。いや帰ることが選択肢にはなかった。
それはアヤさんや、エフさんたちと顔を合わせたくないという理由ではなかった。
(戦えば答えはおのずとわかってくるよ。)
前にエフさんから言われた言葉。決して思い出した訳ではない。
あいつが言ってくる。今回は助けが来ない。一人で戦うこと。
だから、僕は。決して逃げない。
小さな拳に力が入り、心の底から言い放った。
「黙れよ。お前にはうんざりなんだよ。自分がわかんねぇのにおめぇがわかるのか?」
僕が強くなるために、自分自身を理解するために。
一呼吸。深く月明りに照らされた紫の息。平野の真ん中、白いローブに身を包んだ死神が、化け物を囲んでいる。それは舞台に立つ主人公のように。
月に照らされ輝いている鎌は、意思を持っているかのように化け物へ刃を向けていた。
ずしずしと近寄って来るのを、こちらから相手する。
硬化した化け物の皮膚は鎌に削られ、キィーという音とともに火花を散らせた。
周囲には、血が飛び散り、地面には鎌を引きずりまわした跡と、
化け物を引きずり回した跡が広がっている。その上で繰り広げられた殺戮は、
1匹・2匹と死体を重ね綺麗な演劇を作り上げていた。
舞台の上で踊る死神は、鎌の残像を音楽の旋律のように輝かせ、声をかき消さんとばかりに舞台を囲んでいた。音が響かなかった舞台には音が響き渡り、緑色は紅に染まった。
次々と出てくる食事人に、死神はすぐに刃を掛け殺していった。
「かはっ、は、はぁはぁ。」
限界を迎えた体は、脳の動きを止めようと血を吐き出した。
足が止まり目が霞む。気づかないうちに大量の血を吐いたらしい。
何とか木の下にたどり着き、そして意識を沈めた。
感情に任せただけの行動は何も生まない。そう本に書いてあった。僕は結局それをしてしまったんだ。でも、自分のことを理解すること。勇気と希望を見つけ出すには十分だった。
(おのずと答えはわかってくるか…)
あいつの言っていたことも間違ってはいないのかもしれない。
まだまだやるべきことはたくさんある。行動しないと。
意識を戻し、目を開ける。暖かい空気と光が目を刺激する。顔を上げ周りを見ると、
「うわ!」
後ろには白い服の男女二人がいた。同じ模様の服で、中心には輝く球状のものが埋め込まれている。
「だれですか?」
攻撃してくる様子もなく、僕は立ち上がり言った。
「僕はコンセントです。」
「私もコンセントです。」
「え?は?」
僕は唖然と口を開けた。あの豆腐っぽいのが人型になったのか?夢ではないし、どうゆうことだ?
一方は少年。もう一方は少女。どちらも年下の姿をしている。
「エフに探せって言われた。帰ってこない。心配してる。アヤも。」
「アヤさんも心配しています。ずっと玄関で座ってうつむいたり、
歩き回って落ち着きがないんです。」
今更帰るとなると正直どうなるのかが怖い。
みんな心配してくれているようだが、こんな状態で顔を合わせられるであろうか。
だんだんと足が震えてくる。何とか立っているが、悪い方向を想像してしまう。
「僕たちお前見つけた。連れて帰る。ついてきて。」
少年は片言だが僕の手を取り歩いた。それにつられ手を握られたまま歩いた。
まだ体にはローブを着ている。赤黒く、そして土で茶色くなったローブは、
白い部分が見えないくらいになっている。
少女の方は、僕の鎌を持ち運んでいた。申し訳ないが、こんなボロボロの体では
運ぶことはおろか、持ち続けることも難しいだろう。
そんなことを考え、家の近くまで歩いていた。家の周り、丘には多くの食事人の死体が転がっている
僕ではない、エフさんかコンさんがやったのだろう。
だがその思考はすぐに途絶え、少年たちへの考えも改まった。
「こいつら、僕たちやった。危ない。」
「私たちが倒しておいたわ。今のあなたには相当な脅威になりそうだし。」
少年の言動に付け加えるように少女が言った。
「君たちはいったい何なんですか?あの人形のような形になるのはどうして?」
少年は少女に目で合図をし、少女がしゃべった。
「私たちは姉弟です。そして、アヤさんの側近のような感じ。この体は本によって生み出したものなの。だからあまり多くの時間はこの体では過ごせない。いつもは四角いけど、行動しやすいのはこっちだから今はこの姿になっているの。」
「エフさんが僕たちにこの体くれた。あのひとはすごい、優しい人。」
「そうなんだ。丁寧にありがとう。」
この二人は、図書館のいわゆる妖精のようなものらしい。この図書館で生まれたアヤさんのそばで支える役割を担う彼らは、ほぼすべてを知っているのだろう。なら聞き出せることもあるかもしれない。
「君達はこの図書館のどこまでを知っているの?」
すると少年は止まり、振り向いていった。
「すべて。」
「なら僕の本の場所も?」
「知ってる。」
「なら教えて!」
「だめ」
「どうして?」
「それがこの図書館の決まり。」
何も言い返せず少女が付け足した。
「そう。図書館の司書として、読者には答えを教えてはいけないの。読者自らが見つけ出すことが目的だから。私たちは、この図書館のすべてを知っている。でも何も教えてはいけない。答えまで導くことだけが許されているわ。」
すべて。その時ふと言葉にした。
「この図書館に終わりはあるの?本当に無限に続いているの?」
淡い質問だ。答えには直結はしないはずだが、でも聞かなくてはならない感じがして言葉にした。彼らの答えはこうだった。
「この図書館にも終わりはあるよ。この世界の端っこ。」
「僕たちボーダー呼んでる。そこ向こうの世界との境界。」
絶句だ。無限に続いているといわれた図書館にも終わりがある。
そこがどれだけ遠くの場所なのかは定かではないが、ここは閉ざされた空間であることが確かになった。
しかし、でも…っと少女は言った。
「ボーダーは、片側の端に過ぎないです。もう片側は無限に続いています。
正確に言うと、ボーダーから図書館は始まって今も時代とともに大きくなり続けています。」
「つまり、ボーダーの付近には初期の人類の記録が残されているということ?」
そうですね。っと少女は言った。つまり逆算していけば探しやすいということになる。
だいぶ道が開けてきた気がした。しばらく歩き続け、家の外輪の土手についた。
いつ見ても家は壮大で美しかった。だが、今だけは美しく見えない。
光は途絶え途絶えに点滅し弱弱しくなっている。心なしか樹皮は色が少し褪せ、いつも湖にいる鳥や、魚も見受けられない。
「やっぱり何かおかしい。もしかしたらアヤさんが...」
深刻な状況はどんどん広がってきていた。さっきまで鮮やかに咲いていた花は、下を向いている。
「早くいく。心臓痛い。これ、たぶん…」
「たぶん?」
「痛い痛い痛い痛い痛い」
「大丈夫!ねぇ!」
二人にも影響が出てきている。それも重大で死に近い。
「これ…たぶん…アヤ...暴走してる。」
なんとか絞り出された言葉で僕は走り出した。