Memory of your Voice Ⅶ

【第七節:歴史】


おかえり。今日は遅かったね。勉強頑張ったんだね。

 

 

「う、うぅ…」

またあの夢、誰かが声をかけてくる。
それは家族なのか、はたまた本が語り掛けてくる幾度となく行われてきた誰かの記憶なのか、僕にはわからない。

今の僕は元の世界から遠く離れた世界で生活し、そして歳を重ねている。

僕の親の顔も、まず兄弟がいたのかも、そして住んでいたところも。
もう僕の頭からも離れていっている。

「よし、今日こそ…」


そんなこと考えている場合ではない。僕にはまだやることがある。
今日こそ、あの時聞けなかった、エフさんの話を聞くんだ。


そう決めた僕は朝食をすませ、エフさんのいる書斎に向かった。


そこは多くの紙や本が散乱し、足場があるかもわからないほどであった。
紙の匂いが強く感じられる。この奥にエフさんがいるのだ。

 

「エフさん、おはよう…いる?」


そっと奥を見ると、眼鏡をかけたエフさんが座っていた。

「おはよう、ファイル君どうしたんだ?」

勇気を振り絞り聞いた。

「あの時聞けなかった話。エフさんはもともと此処の人じゃないですよね?
もしかして僕と同じなの?」


その質問に、エフさんは少し戸惑い、答えるのを拒もうとした。

だが、彼は眼鏡を取った後一呼吸おいて答えた。


「そうだね、俺はここの人ではない。たぶん君の住んでいる日本というところだろうね。もう何年も前の話で忘れかけているよ。あの頃の思い出は…」


予想はしていた答えだが、言葉が喉で詰まった。
恐らくここに居続けることはもう後戻りはできないのではないか。


「すこし長くなるけどいいかな?」

小さく僕は頷く、この図書館の歴史を、そしてエフさんの過去を聴くために。


「僕は、あの時大学生だったかな、君が入ってきたところに落ちてきた。
その時はなんともなかったんだけど、ある時、友達のことを考えて彷徨っていたら
いきなり、さっきまで思い浮かべていた友達の顔が黒塗りになって、名前も、顔も性格も思い出も。すべて忘れたんだ。その時、彼女に会った。そうアヤだね。彼女は絶望している俺を図書館まで導いてくれた。そしてここに来たんだ。

その後は此処の歴史を調べてたんだ。今もずっとね。

何処なのか、そしてなぜ僕は死ぬはずなのに生きているのか。
全く分からなかった。でもこれだけは言える。

 

君に会った時、すべてがわかったんだ、ここで暮らす人の共通点。
それは、記憶がない。記憶喪失者だったんだ。

だがこれは稀であり、だから君を今も頼っている。同じ境遇の人としてね。」


「ならアヤさんはどうなんですか?」


「アヤはここに生まれ、そしてここで死ぬ。つまりこの図書館の命なんだ。彼女が言うには100万年が寿命らしい。そして死んだら新しい命が生まれ、役割が受け継がれる。それが彼女。フライ君は少し特殊で、人間ではないんだけど天使?らしいんだ。

神の使いだね。あんなんが使いとはって思うけどあいつはやる時はやるからな。」


それを聞くとアヤさんのあの笑顔はいつもではない。
ほんの片割れなんだと思う。エフさんがここにきて十年らしい。それよりも前にいて、そして全く見た目が変わっていない。
そしてあの治癒能力はなんなのか考えれば考えるほど頭が痛くなる。

エフさんは、最初はこんな感じだったがそのうち一人の人間としてとらえたほうが楽だと気付いたらしい。しかもフライ君の謎は深まるばかりであるのが難点。


まぁ関係ないといえばそうだが、気になるのはそうだった。

 


エフさんは読んでいた本を閉じると、席を立ち僕に

「とりあえず今日も練習しよう、考えていても時間だけが過ぎるからね。」

 

ごもっともなことを言われ僕は昨日の開けた場所に向かった。


今回は木刀でエフさんとの手合わせをすることになった。

実際エフさんは戦うとき剣は持たないそうだが、彼の動きはシャレにならないほどで
剣の先はもう見えず、辛うじて弾こうとし木剣を出すだけで、僕の体力だけが減っていっている。


(できるだけ、隙を見ないと…)


エフさんには練習だからか、すごく目立つ隙がいくつもあった。

剣を僕にはじかれた後。再度剣を振る前の動作。移動してるときの背中。など隙はいくらでも見つけられる。

 

だが僕はそこを突いたもののすべてオミトオシのようにはじき返され、
僕の防御とは違い、エフさんは僕にしっかりとカウンターを入れてきていた。


これが違い。戦い慣れていない僕の欠点である。


そして休憩中に、一人草むらから出てきた。

僕が見上げるとその前にはコンさんがいた。

 

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